報告者 堂下佐知子治療師(指導:小泉正弘医師)
【主訴】
#1 両上下肢の脱力 軽度(左>右)…力がはいりにくい
#2 座位や立位時、前傾姿勢
#2 安静時振戦(両手 左>右)軽度
#3 呂律まわり不良・声がこもる
#4 冷え症(特に両下肢)
#5 腰痛
#1~5により
ズボンの着脱など更衣動作能力低下
端座位バランス軽度低下(前傾位 見守りレベル)
歩行障害(屋内近位見守りレベル バランス低下 杖の使用無)
【既往歴】
小学1年頃 結核 治療にて完治
以後、健康上の問題は特に無し。
心電図で再検査の指摘うけることがあったが問題無し。
【現病歴】
60代後半~ ゴルフで力が入らない感覚
71歳 歩き方がおかしいと周囲から指摘
73歳 獨協大学埼玉病院にてパーキンソン症候群と診断される
10月 下肢の脱力(ベット・床・浴槽から立ち上がれない)
11月 順天堂大学越谷病院にて進行性核上麻痺と診断
74歳~リハビリ病院にて外来リハビリ 1╱W
75歳(今年)
2月 転倒右肋骨2本骨折
3月 尿が出にくい。(一時的にバルン留置⇒2か月弱で抜去)
うがいができない。痰が出しにくい。
5月 紹介にて当院受診
【初診時所見】
血圧:90~80╱50
背部所見にて:側弯(T2~L4右に凸)T2~L4棘突起部圧痛
胸部:胸骨 T4/5対応部圧痛
その他 自律神経症状・脳神経症状評価表(当院オリジナル)にてチェックのついたもの
#6 眠りが浅い(トイレ2時間おき)
#7 疲れやすい
#8 意欲がわかない
#9 アレルギー:花粉症 薬剤性(アルコール)蕁麻疹
#10 うがいなど上を向けない
#11 便秘(下剤でコントロール中)
#12 フワフワ感 起立時にめまい感がある
#13 飲み込みにくい
#14 口渇 唾が出にくい (唾がねとねと 痰が出しにくい)
#15 流涎 時々
#16 左奥歯が痛むことがある
【処方】
① To/2d+c+a+T4/5+L2~S1 ×3
② rAxⅢ/bc+c+a+d/bc+c+a+d
lAyⅡ/bc+c+a+d/bc+c+a+d
lAyⅢ/bc+c+a+d/bc+c+a+d
lAxⅡ/bc+c+a+d/bc+c+a+d
lAxⅢ/bc+c+a+d/bc+c+a+d
③ rlAxⅢ//6/3!
lAxⅡ//6/3!
【初回治療後】
・顔面の血色が良くなった
・手足の冷え 自覚的にも他覚的にも改善があった。
・体幹の前傾が改善し伸展しやすくなった。
・椅子からの立ち上がりや歩行のふらつきに改善がみられた。
・無表情だったものが、表情が柔らかくなり笑顔が出てきた。
【服薬情報】
メネシット配合錠100 7.5錠
酸化マグネシウム錠330㎎
プルゼニド錠12㎎
ハルナールD錠
クラビット錠500mg
【病態等考察】
進行性核上麻痺(PSP)は、パーキンソン氏病と同様に大脳基底核の変性疾患に分類される。特徴的なMRI所見として、ハチドリサイン(huming bird sign:中脳被蓋上部の先端が欠落した形状で、あたかもハチドリのような形となっている 図1参照)があげられる。
図1
大脳基底核~黒質・視床下核・淡蒼球・中脳・中脳被蓋の萎縮や小脳歯状核変性などの神経細胞の脱落変性のため、構語障害や歩行障害などの症状を呈する進行性の難病である。特徴として① 眼球運動が垂直方向(特に下向き)に障害されることが多く、進行すると全方位に障害される。②発症早期(概ね1~2年以内)から姿勢の不安定さや易疲労性、易転倒性 ③無動あるいは筋強剛があり四肢末梢よりも体幹部や頚部に目立つ。進行すると頚部が後屈位で固まり前屈しにくくなる、などがあげられる。
症例の場合、現在歩行は屋内見守りレベル(屋外は軽介助)でありベット上の起居動作やイスからの立ち座り・更衣動作などは見守り~一部軽介助を要する。眼球運動や頚部の前屈困難などの症状は出ていないが、体幹前傾傾向で頚部の筋が固くやや後屈しにくい状況と嚥下障害があり、うがいはできない。他のリハビリ病院で下肢体幹のROM-EXや立位での下肢挙上訓練などの理学療法と構語障害・嚥下障害に対する言語聴覚療法を受けている。
遠絡医学的には、冷え症、眠りが浅い、疲れやすい、意欲がわかない、アレルギー、などアトラスの炎症による間脳血液蓄積症状がある。便秘や側弯などの症状より迷走神経の細胞圧迫。口渇・唾が出にくいなどの症状より顔面神経細胞圧迫による舌下腺・顎下腺の分泌機能低下。飲み込みにくいことより、顔面神経・舌咽神経・迷走神経(舌咽神経の耳下腺分泌障害により喉が乾燥し物が通過しにくい・迷走神経は反回神経の障害で飲みものが引っかかり易くなる)など神経細胞圧迫。呂律まわり不良は、舌咽神経・迷走神経・舌下神経の障害が推測される。ただし嚥下障害、構音障害に関して、神経性核上麻痺の初期段階では仮性球麻痺が主体とされる。仮性球麻痺は、両側の核上性障害(上位運動ニューロン障害)であり大脳皮質と下位運動脳神経核(舌咽神経・迷走神経・副神経・舌下神経以下の神経核)を結ぶ経路(皮質核路)の両側性障害により起こる軟口蓋、咽頭、喉頭、舌などの運動麻痺をいう。(図2参照)
図2
(医療関係資格試験マニア HPより抜粋)
よって、単にアトラスの炎症の脳幹部波及による神経細胞の圧迫だけではなく、皮質核路の変性による障害も考慮する必要がある。下肢の脱力症状は、アトラスの炎症が延髄や橋・中脳・にも達し、第四脳室正中口の圧迫による髄液の蓄積により側脳室が拡大し視床や大脳基底核を圧迫、両側股関節の脱力感や表情が硬い(無表情)となっていたと推測される。手指の安静時振戦は中脳黒質の細胞変性によると考える。
難病情報センターHPによると、進行性核上麻痺は、発症後3年程度で下方注視障害が出現、ADL低下の進行は早く我が国の剖検例の検討では車椅子レベルとなるのに2~3年。予後は平均5~9年とのことである。症例は、進行性核上麻痺との診断を受けてから3年目(症状発現からは5年)である。まだ、眼球運動の症状は明確ではなく、屋内歩行は見守りで可能なレベルであるが、いつ転倒、車椅子レベルに移行してもおかしくない状況である。
現在、遠絡療法は1回╱7~10日継続中。治療経過の中で、歩行バランス、椅子からの立ち座り動作、涎、嚥下、頚部・体幹の伸展動作に改善傾向みられ、顔の表情の豊かさ、下肢の冷え症はほぼ改善している。手指の振戦、声の出にくさなどは大きな変化はない。今後は、アトラスの炎症による間脳蓄積症状・脳幹部への炎症波及・髄液蓄積症状の改善と再燃の防止、及び、ドーパミン、セロトニン等をはじめとする神経伝達物質の分泌を促進し、脳の神経細胞の脱落変性をわずかでも予防し、現在の歩行レベルやADLレベル維持と進行スピードの遅延を大きな目標に、継続治療を行っていきたいと考える。
小泉先生、ありがとうございます。
またお世話になります。
よろしくお願いいたします。
下位脳の治療は基本的にAIIIラインで治療します。AIIは外側を走行しています、頚部(顔面、咽頭,舌等)から上の運動障害(皮質核路)があれば、AIIを治療ラインにいれた方が効果が高い。錐体路はAII領域とは別個な考え方です。
ご回答ありがとうございます。
確認したいのですが、錐体路系はAⅡ領域と捉えるのですか?
田中先生:この症例の場合は、初回から記載されている処方式で治療を行っていました。理由は、この症例の症状は、大脳皮質から脳幹(中脳、橋、延髄)の脳神経核の皮質核路の症状、および頚部から四肢の皮質脊髄路の症状、すべて揃っているためです。大脳基底核、下位脳の症状を考えて、頭部内側4経路(主に舌,口腔、脳)を最初から治療にいれることにしました。
いつもお世話になっております。Dコース修了の田中康徳です。
今回の処方式にAyⅡ・AxⅡが入ってますが、AyⅢ・AxⅢのみでの効果をみてからAⅡを入れたのでしょうか?それとも、初回から記載されている処方式で治療を行っているのでしょうか?
よろしくお願いします。
当日のディスカッションの内容です。
(レコーダーから書き起こしました。
もし誤りがあればコメントで訂正頂けますようお願いいたします。寺木啓祐)
◆堂下Mr.
以前、勤務していたリハビリ病院で、PSPで車椅子、全介助の女性患者のリハビリを経験し、症状が進行するとどのようになってしまうかを見ているので、当症例ではそのようにならないよう遠絡で進行を抑えていくことと、遠絡を行うことでご本人に希望をもってもらえるように治療しています。
◆山本Dr.
眼の症状がないのは珍しいですね?
◆小泉Dr.
眼の症状が全くないわけではありませんでした。初診時は歩行時にも下しか見ることができず、食事の際も同様でした。奥様の話では最近はまっすぐ前を見て食事を行えるようですし、歩行時にもまっすぐ前を向いて歩けています。
◆中村Mr.
この症例は基底核のどの部分が障害されているのでしょうか?
◆小泉Dr.
パーキンソンの黒質のように、はっきりと示すことはできません。
◆渡辺Dr.
さまざまな伝達回路がつながっているので、一概にどの部位とはいえないと思います。
◆中村Mr.
処方式はなぜこのような順序なのでしょうか?また「d」を追加する目的は?
◆堂下Mr.
「d」は大脳基底核をカバーするために入れていると思います。
◆小泉Dr.
脳の内部にはAxIII、AxII、AyIII、AyIIの4ラインが入っています。よって脳部に障害がある場合にはこの4ラインは絶対に入れるべきだと考えます。
◆申Dr.
通常の万能式にはAxIIIとAyIIIは含まれていますが、AxII、AyIIも入れたほうがよいのでしょうか?
◆小泉Dr.
手の震えなど、基底核に障害があると考えられる場合は入れたほうが効果があります。
◆申Dr.
臨床で手技にかけられる時間が限られてしまうことが多いので、AIIIのみで対応できる場合とAIIまで含める必要がある場合の症状の鑑別があれば教えてください。
◆渡辺Dr.
AIIは外側を走行しているので、その鑑別としては皮質核路などの症状があれば含めます。
◆申Dr.
この症例ではSCの胸椎レベルと腰椎レベルも治療していますが、これはなぜでしょうか?
◆堂下Mr.
もともと腰痛もあり、胸骨上にも圧痛点がみられたため、全体の症状の中で含めています。
◆申Dr.
PSPに特異的な治療として必要というわけではないのですね。それでは、その腰痛などの痛みが取れてきたら含めなくてもよいでしょうか?
◆小泉Dr.
この症例では胸椎レベルは入れたほうがよいと考えます。というのは、まず所見として胸椎レベルと腰椎レベルの傍脊柱と胸骨上に圧痛点があります。あと、歩行時に転倒しやすいこともあります。これは他の症例でも少なからず経験していますが、歩行時に不安定な時には胸椎レベルの治療を加えると、歩行が安定することが多いためです。まだ症例を収集中ですが、胸椎レベルを治療すると歩行が安定するということは新しい治療上の発見といえると思います。
◆中村Mr.
私はSCの障害の有無を確認するのに、対応ラインの圧痛をみています。たとえば胸椎レベルをかくにんするのであればTxIIIの肘関節部を押してみます。腰椎レベルではTyIの肩関節や肘関節部を押してみます。もし押して圧痛を訴えるようであれば、その対応するSCレベルに問題があると判断しています。